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戦後インドネシア独立のために戦い死刑となった、興亜専門学校学徒出陣の花機関員の遺書

 私の父は戦時中、インドネシアの独立支援を行う海軍特務機関、花機関員として興亜専門学校(現亜細亜大)から学徒出陣した。
 責任者で興亜専門学校で講演し学生の志願をも収した吉住留五郎は戦後、独立軍一個師団を率いオランダ軍と戦ったが1948年、東ジャワの山中で戦病死した。
 父の同級生の何人かはインドネシアに残り独立戦争に参加したが、オランダ軍に捕えられ不当な裁判で有罪、処刑された。
以下に遺書と辞世の句を載せる。
吉住留五郎
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金井清機関員・遺書
私の一生
 私は大正14年1月1日懐かしの故郷に生る。爾後御両親を始め御薫陶を受け19才に達す。
 日本人に生れ殉皇の心情切実のものあり。愛国心に燃へ勇躍南洋に向ふ。以後一死奉公の道を尽す。
 ああ然し理想半ばにして十五日の大詔に接す。感極り何ら言ふ所なし。国敗れて愛国の情益々深し。
 同志畑田、池田兄等と語らひ亜細亜民族の一員たる新興印度ネシヤ国家の独立運動に挺身すべき事に決す。ああ然し其壮図も空しく敗れ現在に至る。
 昭和22年3月28日空に一点の雲なき日本晴の朝、異国人に囲まれて軍事法廷にて休戦条約違反敵対行為により死刑の宣告を受く。
 自分の信念に基き行動したる事に依り死刑なりとも何ら悔ゆる事なし。むしろ信念通り行動し得た喜びを心の内に感じ非常に愉快なり。たとへ此の身は南溟の白露と散ずるとも、魂は永遠不変に貫き生きる事を確信す。
 神が私に対し授けて下さった使命を全うし得た喜びを感じ、従容として死に赴く事が出来るのであります。
 御両親様始め皆々様よ。たとへこの身はセレベスの土と化せんとも短き二十三才の一生を顧みて非常に幸福なり。私は其幸福感に包まれて祖国の弥栄と皆々様の御幸福を祈りつつ暁の白露と散ず。これぞ大和男子の本懐なり。
  国敗れて山河荒れ 海はあせなん世なりとも
      君に尽さん其の心 これぞ誠の大和魂
昭和22年6月17日
 明後日午前7時死刑執行の通報に接す。かねて覚悟の上にて心身の動揺さらになし。むしろ残る一日を如何に有意義に送るかを考へる。いよいよ日本男児として最後の御奉公の機来れり。立派に成就せん事を心に誓ふ。 以上
謹啓
 大変長期に亙り御心配をお掛け致しましたが今日6月19日午前7時30分日本人として堂々と散って行きます。
 祖国の弥栄を祈り君が世を奉唱しつつ暁の白露と散りて行く私の姿を御想像下さい。
 心身に一点の雑念なし。心に身の潔白を堅持し、短き二十三才の一生に於て神が私に授けて下さった使命を全うし得た喜びを心に感ず。
 祖国の再建と御両親を始め皆々様の御多幸を祈りつつ南溟の白露と散ることの出来る私は実に幸福且本望であります。
 最後に私は日本男子として死に赴く事を誓ふ。 敬具
  死して尚 君に尽さむ益良男の
       心は祈る 国の弥栄(いやさか)

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プロフィール

bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修