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辛亥革命前後の中国における「中西結合派」の留学先

辛亥革命前後の中国の美術界においては、西欧と中国の技法を合成させようとする「中西結合派」と伝統技法を守ろうとする「伝統派」に分かれた。「中西結合派」は積極的に欧米日本に留学をした。その一部を以下に記す。
①欧米と日本へ留学
徐悲鴻(江蘇・宜興)、呉冠中(江蘇・宜興)、劉海粟(江蘇・武進)、顔文?(江蘇・蘇州)、呉作人(江蘇・蘇州)、?薫?(江蘇・常熟)、呂斯百(江蘇・江陰、
②欧州へ留学
李?士(江蘇・武進)、張安治(江蘇・楊州)、周湘()、林風眠()、關良()、李超士(1912)、
③日本へ留学
陳師曽(1903)、高劍父(1903)、姚茫父()、李叔同(1905)、曽考谷(1905)、陳樹人(1907)、高奇峰(1907)、何香凝(1907)、黎萬民(1908)、王道源(1912)、陳抱一(1913)、黄土水(1914)、汪亞塵(1016)、王悦之(1016)、關良(1917)、陳之佛(1918)、朱?瞻(1918江蘇・太倉)、衛天霖(1920)、丁衍庸(1920)、滕固(1921)、張善孖(1921)、張大千(1921)、豐子愷(1921)、倪胎徳(1927)、許幸之(1927江蘇・楊州)、李梅樹(1928)、方人定(1929)、謝海燕(1930)、劉汝醴(1933江蘇・蘇州)、傅抱石(1933)、王式廓(1935)、錢痩鐵(江蘇・無錫)、
④留学経験無し
呂鳳子(江蘇・丹陽)、錢松嵒(江蘇・無錫)、李可染(江蘇・徐州)、⑤その他
謝海燕()、李劍晨

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bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修