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岡倉天心の文人画批判

岡倉天心の主張
①日本がアジアの盟主である
②大和民族としての意識を高める
③国家主義→国民国家を築くために「日本」という名称を絵画のスタイルにつけた「日本画」の使い方の意識的誤用。
④日本美術の優秀性
⑤中国美術のうち文人画=自由主義、最先端の個人主義を排撃。
文人画伝統絵画批判発言部分
徳川時代絵画の特質として「第一期、寛永時代の特質は、第一には足利時代に還りたることこれなり。……。第二には、諸物を講究し、種々のものを集めて大成するの性質あり。……。いかなる画を見るも、これを模写して参考とするの風ありて、南宗画、明画および元画等すらも嫌わざりき。その弊や、後世にいたりては種々剽窃もって図を成し、画者自身の画を失うにいたりといえども、その初めにおいてはしからざりしなり。」『日本美術史』岡倉天心  徳川時代p192  2001年ちくま書房

●天心画論の誤謬の核心部分
ここには天心の日本絵画が江戸期の状況と明治以降にどうあるべきかと言う問題に対する本心が現れているので全文を載せる。
「第三には、美術上家法を定むること、これまた一種の特質なり。その最初は自然に任せしも、のちにいたりては、その弊害や重し。これ畢竟徳川氏の制度上より生ぜしものなり。美術もまたこれに関係せざるあたわず。探幽すでに徳川氏奥絵師となり、世襲の家柄となりては、その家法を守らざるべからず。これわが美術上において、非常なる出来事というべし。かくのこときは他国にもかってその例を見ず。あるいは非常の名人など輩出せしときは、あたうるに禄をもってすることあるべきも、わが徳川時代におけるがごとく、その家柄を定めて禄を食ましむる等のことは、決して外国にはあらざるべし。狩野家の勢いたるや、美術を一定するの傾きあり。すなわち何々の線はかく描くべしと一定して変ずべからずとなす。この時代においては最も自由なりし浮世絵のごときにいたりても、菱川派、歌川派と法式を定にいたる。かくのごときは徳川時代における創始なり。この家法を定めたることは幾多の弊害を生じたるといえども、一方においては他流すなわち文人画なるものの入り来たりて、火の枯野を焚くがごとき勢いをもって、ほとんどわが邦の画なるものを廃頽せしめんとするを防ぎたり。もしこの時にあたりて家柄なるものなからしめば、いかなる境遇に陥りしか。明治の今日まで雪舟、雪村の気を呼吸する人の存するは、実にこの家柄の存せしによるなり。しからざれば浮世絵、文人画、明画、写生風に圧倒せられ、今日橋本先生のごときを見るあたわざりしならん。ゆえに明治と東山との連絡を保つことを得たるは、実にこの家柄制度の功というべし。」『日本美術史』岡倉天心  徳川時代p194  2001年ちくま書房

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プロフィール

bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修