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ある方からのご質問「松井大将は、日支関係悪化は日本にも責任がある。と言ったがその意とは?」にお答えします。

松井石根 礼装1.【大前提として松井大将の支那に関する発言の正しい理解は難しい】
 ご存じのように、松井大将は、日露戦争後すぐの陸大卒業後、支那駐在を選び、荒尾精、浦敬一等と同様の熱烈なアジア主義精神を抱懐しながら、日支の提携によるアジアの交流を目指す当時の陸軍主流将官、直接上官の薫陶を受け、駐在武官中、支那の南北を視察、支那人の気質を長期に研究し尽くしました。
 そのような松井大将の日支に関連する発言は、当然ながら深い思いと切実なる現地での体験を含んでいて、知識、経験共に傑出していたので、当時の日本人でさえなかなか正確には理解できなく、ましてや全ての環境が完全に異なる現在の我々ですから、松井大将の発言の一部を切り取って、いきなりその意味を正しく理解することは、残念ながらほとんど不可能だと言えます。
 ですから、松井大将の発言の真意を知るためには、かなり慎重で広範囲の考察が必要となりますので、それを踏まえて以下にいくつか書きます。

2.【松井大将の日支関係悪化の状況認識】
①松井大将の認識では、若き駐在武官の頃(日本が明治・大正初で支那が清朝)には、日支(特に日本側の陸海軍の有力将官、官僚)の中で日支が協力して西欧に対抗していこうという、素晴らしく希望ある機運がありました。(松井大将が論文で自述)
②革命党により清朝が倒れ、日支連携による新たな東亜情勢を構築するどころか、逆に反日気運が高まり、欧米資本の支配、社会主義の流行などもあり、第一次大戦後、シベリア出兵を経て満洲国建国の頃には、ジュネーブの会議に出席した松井大将が「日本代表と支那代表が、にやけた欧米代表の前で罵倒し合う」事の馬鹿らしさに憤激してを立って帰国するほど、失望していました。(松井大将が論文で自述)
 
3.【松井大将の日本人の対支那観の悪化に対する憂慮】
①明治のころまで、江戸時代以来日本人が持っていた支那人、支那文化への理解、憧憬、連帯への期待は、日露戦争、第一次世界大戦、満洲事変の勝利の連続の中で消えるどころか反転し、無理解、侮蔑、拒否が増大していました。
 「チャンコロ」に代表される対支侮蔑用語、意識が広まるようでは、日支提携を中核とする亜細亜連盟の構築は難しい状況だ、(松井大将が論文で自述)
②支那事変に参加した将兵の質が、日露戦争の頃の将兵に比べると大分劣化していて残念だ。(松井大将の陣中日誌に記述)

4.【阿羅先生のご質問に対してお答えするための考察】
①松井大将の認識では、要するに明治期の日本人の対支那観、対応のほうが昭和のそれより勝っている。
②明治の軍人、政治家、外交官と、昭和の軍人、政治家、外交官の違いは、基本で言えば教育の違いである。
 勿論、明治の将官軍人は、江戸の武士を中心とした儒教(中国の古典)教育の流れを深く残した環境で育った。
③明治までの日本人軍人、為政者が学んだ儒教(中国の古典)教育とは、四書五経だが、その根幹は、各藩(藩が国)を富強化して永続させるために、春秋や戦国策などの学習し、武力に依らず謀略(悪い意味は一切ない企画の意)を盛んに行おうとするものであり、多分に芸術や文化までを含む全人格的なエリート教育でした。
 ※一例ですが、明治の将官は基本的には、皆、詩人(漢詩と和歌)であり書家(漢字の達人)であるように芸術家でもありました。
④松井大将の陣中日記に「謀略を行う」という語が盛んに出て来るのが、松井大将が明治、江戸の武士、軍人の精神的伝統を受け継ごうとしていたことの証明だと思います

5.【ご質問に対しての私なりのお答え】
 以上を総合して考察しますに、松井大将は、昭和の軍人、政治家、外交官、新聞界などの人々の人間性が、明治期のそれと比べると、薄くて、広がり深みがなく、武力第一、自信過剰、唯我独尊の傾向が強く、交流が全面的でなくな簡単に過ぎるので、日本人の様に正直な単純明快、清潔さを持たない謀略民族(大陸民族は殆ど同様)である支那人には、理解が不可能だし、かえって誤解を生じさせ、事態を悪化させてしまっていると思っていたのではないかと、私溝口は想像します。


6.【書き終えての私の感慨】
 松井大将は、南京攻略後、いよいよ自分が長年研究した支那事情、大亜細亜協会を設立して多くの仲間と研究した諸課題を、謀略(繰り返すが悪い意味は全くなく、深い計画ほどの意)を大いにスタッフと話し合い、それを実行することで支那を親日にして欧米と対抗していく時が来たと、様々な企画を考えて、希望に心を膨らましていました。
 ところが、花の咲き誇る生木を折るごとくに、その希望は軍中枢、日本政府により無残にも拒否され、支那派遣軍司令官の任を解かれ失意の心を持って帰国されました。
 松井大将の胸中を思うと、その悔しさはいかばかりであったかと、私も同じ気持ちになります。

以上、取り合えず、走り書きで、先生のご質問に答えの様なものをださせていただきました。
乱筆、乱文をご容赦ください。

素晴らしいご質問をありがとうございました。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

溝口墨道 拝

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プロフィール

bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修