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「"戦争責任"という名の亡国的迷信」故佐藤和男青山学院大学名誉教授の言葉

 佐藤和男

 佐藤和男青山学院大学名誉教授は私の母校の先生ですが、在学中に直接の接点の無い私に立派な人格を持つ方だと尊敬させたほど影響力のある素晴らしい先生でした。
 その先生が、熱海の興亜観音の関係の会の理事を務めておられたことを知り、熱海の興亜観音奉賛会の理事を務める私にとっては本当に嬉しく驚きました。
 以下に会報(興亜観音第8号(平成10年10月18日号))に寄せた先生の文を掲載します


   "戦争責任"という名の亡国的迷信
去る8月15日、広島市の護国神社で開かれた「戦没者追悼広島県民集会」に出席し、追悼式典の後、150名の参列者を前にした記念講演で、大東亜戦争の正当性・合法性を説明し、国家には「戦争権」があったことを強調して"戦争をしたという悪事への責任"という意味での戦争責任は、法的には存在しないことを皆さんに納得していただいた。
 当日の朝、この地方の代表的ローカル新聞である2紙(中国、山陽)に目を通したが、両紙とも"731部隊の戦犯隠し"なる記事を1面のトップに掲げるほか、全体的に見て日本の"戦争責任"を問題とする論調が看取された。
 先の大戦の全体像を歪めて見るマスコミの独善的姿勢は、53年前の昭和天皇の玉音放送に一億国民が慟哭(どうこく)した事実も、交戦諸外国が毒ガスや細菌兵器の研究を行っていた --- 同種の兵器による復仇(ふっきゅう)能力を欠くと敵側の一方的使用を招く恐れがあることは、広島・長崎への原爆投下で明白である --- ことも、無視している。
 いわゆる東京裁判史観が横行した戦後の日本では、"戦争責任"の追及が左翼陣営やマスコミで恰好なテーマとされたが、これほど虚妄(きょもう)な観念は無いといえる。
 占領軍による東京裁判は「国際法に準拠して裁く」と豪語したが、それは本当に国際法に忠実に従ったものなのか。
 そうではない。
 国際法を勝手に歪曲し、濫用(らんよう)したに過ぎない。
 一般的に言えることだが、厳密に国際法の観点から見ると、"東京裁判は正しい"というものを含めて、戦後の日本社会には、あまりにも奇怪面妖で国際社会に通用しない「亡国的な迷信」が多い。
 一々詳説しないが、その種の迷信が日本国民の健全な精神を蝕んできたことは、確かである。
 "日本が侵略戦争をした"というのは最悪の迷信だ。
 第2次世界大戦の当時、各国が国際法上で「戦争権」(開戦権・交戦権)を認められていたことは、世界周知の事実である。
 しかも、戦争が自衛か侵攻(aggression,侵略は誤訳)かの判定は、各当事国の自己解釈権に委(ゆだ)ねられていた。
 日本の遂行した戦争は自衛戦争であって、犯罪などではなく、国際法上の国家の基本権の合法的行使であった。
 左翼が唱える"天皇の戦争責任"なる言葉も、法的には根拠のない空虚なものだ。
 大日本帝国憲法(明治憲法)第3条の「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」との規定は、公法学的に「無答責原則」を示すもので、国家元首たる天皇は「政治的責任を法的に追及されることがない」旨(むね)を意味する慣用的表現である。
 今日でも憲法で国王の神聖不可侵を謳(うた)っている外国が幾つもある。
 帝国憲法第55条は「国務各大臣ハ天皇ヲ補弼(ほひつ)シ其ノ責ニ任ス」と規定し、政治責任は閣僚ないし内閣に負わされていた。
 大東亜戦争の開戦は合法的な政策決定であった。
 国際法的にも合法だ。
 神風的意義を持つ傑作映画「プライド」の中で、東條英機元首相が天皇の責任問題をめぐって苦悩するシーンがあるが、事実ではない潤色だろう。
 東條さんは、法的に天皇に責任が無いことは先刻十分に承知していたはずだ。
 しかも国際法上、国家元首は、外国の裁判権から免除されていたのである。
 (青山学院大学名誉教授・法学博士)

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プロフィール

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Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修