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松井石根大将の論文「満洲人の滿洲の確立」からその思想を知る

松井石根大将の論文「満洲人の滿洲の確立」からその思想を知る

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『大亜細亜主義 第2号』大亜細亜協会編(大亜細亜協会)昭和86p2所載

松井石根「満洲人の満洲」の確立 (本文)

松井石根

恭しく、去る三月二十七日帝国の国際連盟離脱に際して賜りたる大詔を拝するに、「今次満洲国の新興に当り帝国は其の独立を尊重し健全たる」と仰せられあるを見る。

 満洲国に対する我が国策の基調は、此の大詔によりて、昭々呼として日星の如くに明かである。

 満州事変は、精神史的に之を観れば、久しく枉屈せられたる皇道的大亜細亜主義の理想が、機に激して喚発発現したるもの、何ぞ権益の擁護と謂はむや。何ぞ自衛権の発動と謂はむや。而して満洲国の発祥は、我が皇道的民族的精神の躍動に触発誘導せられて、東洋民族古来の政治理想たる王道の理想が、茲に復古的新生を見たるもの。従って満州建国は実に亜細亜精神文化復興の先駆をなし前提を為すものと謂はなければならぬ。満洲国の独立を尊重し、その建国目的を助成して健全なる発達を促進することは、かくて、亜細亜文化の復興、畢竟世界文運のルネサンスを翼成促進することに外ならぬ。

 故に、我が対満施策の一切は、毎に此の思想的大本に率由し、此の文化史的根本認識に立脚しなければならぬ。然も、我等の観るところにして誤りなくば、我が国朝野の満州国に対する思想的並に現実的態度には、此の点の認識と自覚に関して甚だ明徴を欠くの遺憾なきを得ない。満州事変を経、満洲新国家の発祥を観、此の満洲新国家を正式に承認し、而して之に関して国際連盟離脱を敢行したる今日、猶ほ満州国に臨むに所謂権益観念を以てするの厭なきや否や。張学良政権時代の満洲に対すると択ばざる精神を以て今日の満州国に対しつつあるの厭なきや否や。既得の特殊権益を墨守して更に之を拡張することを以て所謂満蒙の産業開発なりとする顛倒認識を把持しつつあるの厭なきや否や。芯に満州国の独立を尊重しつつありや否や。よくその独立を尊重しつつあるものとするも、之を現実の諸施設の上に具体化するの用意を講じつつありや否や。

 之等の点に関し我等は甚だ遺憾なき能はぬものがある。

思ふに、満州国の独立性を確認尊重してその自主的自立的発達を促進する襟度を以て臨むにあらざれば、真の日満合作は得て望むべからず、真の日満合作成ならずしては大亜細亜主義の経綸も結局空文に帰することとなる。日満合作とは日本人が恣に満洲に干渉を行ふの謂に非ず、相互にその自主独立を尊重しつつ共同の目標に向かって戮力するの謂である。彼の独立を尊重すればするだけ両者結合の紐帯は益々緊密を加ふるのである。行政の整備も、産業の開発も、文化の啓発も、外交政策の遂行も、日本人自ら真に満洲新国家そのものの内容となり血肉となり細胞となりてこれを助長促進すべく、日満議定書に規定する軍事的事項以外、日本国家そのものに直属する行政的活動と満州国人にあらざる日本人の特権的地位はなし得るかぎりその範囲を縮小限定し、若くは暫時之を撤収して、満州国並に満州国人の自律的活動を暢達ならしむの途を考慮せねばならぬ。要するに「満州人の満洲」を強化徹底せしむることに、日本の朝野は甚深の考慮を払はなければならぬ。而して、ここに「満州人」とは、いふまでもなく漢人にあらず、また単に先住の満洲蒙古族をのみ指すにあらず。之等の種族と共に満洲在住日本人及び露西亜人を含む満洲国民の謂であって、在住日本人が真に満洲国民として満州国を以て新しき祖国として献身することを通じてこそ、日本民族の大陸発展といふことも始めて緒に就き得るのある。

日満の合作は、日本民族の世界史的使命達成の前提であると共に、また日本民族を試練する天の課題である。日本民族の満洲に施すところは、直ちにまた、北支人の、南支人の、安南人の、印度人の、中央亜細亜諸民族の、押しなべて全亜細亜諸民族の、斉しく凝視しつつあるところである。「満州人の満洲」を確立することは、実に、全亜細亜諸民族の日本に対する信頼を確立することである。

 

松井石根大将の論文「満洲人の滿洲の確立」からその思想を知る

松井石根大将の満洲国に対する考えを知ることは非常に重要である。
松井石根大将は、1930年代から終戦までの日本で盛行した思潮である大亜細亜主義を主導し、当時の日本の政治、外交、文化に大きな影響を与え、更に関東軍参謀や満洲国外交官の少なからずが大亜細亜協会の会員であったため、松井大将の満洲国観を知るこで満洲国の実際を知ることができる。

松井石根大将にとり満洲は、日露戦争遼陽開戦の最大激戦である首山堡攻略戦で自身が小隊を引きい最前列で戦い負傷をした後も、ハルピンの特務機関長を務めたり、弟の松井七夫とともに現地軍閥と交流したりと、対露戦略関係で深く関わってきた地である。

張作霖の爆殺では、松井大将は張の軍事顧問であった弟の松井七夫中将と共に、厳しく当時の関東軍を批判し、首相に河本大佐らの厳罰を要求したが、それがうやむやにされたこともあり、一生をアジア主義の大義の実現に捧げようと決心した。

 

 そこで、大亜細亜協会の機関誌『大亜細亜主義 第2号』大亜細亜協会編(大亜細亜協会)昭和86p2に掲載された松井石根大将の論文を以下に紹介し、その満洲国観の考察に寄与する。

前文に溝口作の要旨を付す

 

松井石根「満洲人の満洲の確立」の要旨

溝口墨道

●満洲国建国の理念、大義

満州事変は皇道的大亜細亜主義の理想の発現であり、権益擁護、自衛権発動ではない。

満洲国建国は皇道的民族的精神、大亜細亜主義精神の顕現による古来の政治理想の王道が新生だから、亜細亜精神文化復興世界文運のルネサンスを促進する

●満洲人とは?

「満州人」とは、勿論「漢人」ではなく、また単に先住の満洲蒙古族をのみ指すのではなく、これらと真に満洲国民として満州国を新しい祖国として献身する満洲在住日本人及びロシア人を含む満洲国民を言うのである。

●満洲の独立を尊重すべき

天皇陛下が「満洲国の独立を尊重すべし」と仰せられたことを第一にすべきで、日本が満州国の自主的、自立的発達をさせなければ、真の日満合作はできなく、大亜細亜主義も結局空文に帰する。

日本人が満洲に干渉せず、共同の目標に向かい尽力すればするほど日満両者の結びつきは緊密になる。

●日本政府、日本人の直接活動、権益を縮小すべき

日満議定書に規定する軍事的事項以外の行政整備、産業開発、文化啓発、外交政策遂行は、日本国家に直属する行政的活動と満州国人ではない日本人の特権的地位はできる限り範囲を縮小限定、または暫時撤収し、満州国に自律的に活動させるべきである。日本政府・民間は「満州人の満洲」を強化徹底しなければならない。

●満洲国の現状は憂うべき

日本政府や社会では、まだ満洲国建国の理念の認識と自覚を欠き、権益観念、敵対的精神、既得権益保全・拡張などで満州国に対しているのではないか?独立を尊重したとしても、それを現実の諸施策に具体化しいるか?。これ等に関して、非常に残念な気持ちを持つと言わざるを得ない。

●日満合作は天が日本を鍛えるために与えた課題

日満合作は、日本民族の世界史的使命達成の前提であるとともに、日本民族を試し鍛える天の与えた課題である。日本民族が「満州人の満洲」を確立することは、全アジア諸民族の日本に対する信頼を確立することである。

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Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修