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マラドーナから父の愛を知る

マラドーナから父の愛を知る
 マラドーナが亡くなったことで、私は父を思い出し胸が締め付けられます。
それは1979年に日本で開催されたワールドユース大会の決勝に父に連れて行ってもらったことによります。
 小中以来のサッカーファンであった私は、若きマラドーナの他に突出した超人的な技術、体力、精神力の魅力に目を奪われてしまった。それらは今でも目に焼き付いていて試合結果や他の選手の記憶は一切ない。本当にすごかった。

 今回、私はマラドーナが享年60歳と知り不思議に思いました。てっきり私より上と思っていたからです。
 その原因は私が父に連れられ国立競技場にサッカー観戦に何度か行ったのは中学生の頃なので、記憶が薄れ、てっきりワールドユースもその頃で、とすればマラドーナが私より少し年上のはずだと勘違いしていたせいです。

 中学生の頃から7年ほどもたった1979年に何故かと思い、今、改めて日にちを調べると驚いたことに、1979年の初秋で、当時、父はガンの最末期で大学病院(父の同級生が事務長)が見放し家に帰っていた頃でした。
 父はそのような大変な闘病の時期に、サッカーに全く興味のないプロ野球ファンなのにもかかわらず、わざわざ決勝戦のチケットを購入し、私を東村山からかなり遠い国立競技場まで知れて行ってくれたのです。

 ここまで書いて、私は当時の自分の心境を思い出しました。
 当時、私は大学生の運動部を三年で辞めた夏休みで、父と共に家で、祈り、病院に行き、24時間全てが延命の勝負として父の病と闘っていました。すると、床に寝たきりで起きられず何も食べられない状況から、専門医師が本当に驚くほどの奇跡的な回復を見せることが出来たました。
 その様な中での、父からのワールドユース観戦のプレゼントでした。私は父が遠出できるほど回復したことを喜ぶとともに体が心配で、何とも言えない気持ちで一緒に出掛けたのです。

 その様な気持ちで見たのが、正しく目を洗われるような「若きマラドーナ」の美技の連続で私はこころから今でもまざまざとそれが瞼に浮かびます。
 父はマラドーナを見ていなかったと思います。父は私の喜ぶ姿を見るためにサッカーの試合場に行ったのです。
 小中学生の私を連れて行った頃と同じことをしたのです。

 私は試合の間中、父の深い愛の目で見られていることを横にいながら感じていました。また父が喜んでいることを本当にうれしく思い、何とも言えない幸せが二人の心を包み帰宅しました。

 愛を伝えることに不器用な、肥後もっこすの父でした。

 お父さん、本当に本当に、ありがとう!

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プロフィール

bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修