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能の「鉢の木」こそが藝術 心の無い製作行為は藝術ではない!

能の「鉢の木」こそが藝術。
 能 鉢の木2
能 鉢の木1
「鉢の木」は人の心の原点を映す話で、同時代の世界で傑出し日本の誇る偉大な芸術家である観阿弥・世阿弥の作ともされています。
藝術の表現方法は、絶対に自由で多様であるべきですが、創作の動機、目的には善の「心」が「絶対」に必要で、それが「藝術の創作」と「単なる製作行為」を分けるのです。
今の日本には虚栄心と差別意識、無知の白人崇拝にまみれ、無慈悲で卑怯な自分を偽善の衣で隠すエセ芸術家が多すぎます。

以下、大要です。

ある大雪の夕暮れ、佐野(北関東)の外れのあばら家に、旅の僧が一夜の宿を求めましたが、住人の貧乏武士は、ボロ屋で食べ物もないと断りました。しかし、妻に思いやりの無さをなじられてハッと我に返り、雪道の中、僧を追いかけ家に招き入れました。
そして、なけなしの粟(アワ)飯を出し、自分は佐野源左衛門常世といい、以前は多くの所領があったが一族に横領され、落ちぶれたと語りました。
薪がなくなると、客人の暖のため悩み、落ちぶれても最後まで残し大事にしてきた松、梅・桜のみごとな盆栽がある事に気づき取り出すと、とても惜しみながらも、自慢の品だが、今となっては無用といいい、折って薪にしてしまいました。
そして、今は何もないが、ぼろでも鎧と錆びたなぎなた、やせた馬だけはあり、一旦鎌倉から召集されれば、いち早く鎌倉に駆け付け、命がけで戦う決意を僧に語りました。
年があけ春になり、突然鎌倉から緊急召集の触れが出た。佐野源左衛門も古鎧を身につけ、錆び薙刀を背負い、痩せ馬に乗って、やっとの思いで鎌倉に駆け付けました。
北条時頼は諸将の前で、ぼろ鎧を付け,錆薙刀を持ち、やせ馬に乗った武士がいるはずだとして探すよう命じました。
佐野源左衛門常世は何か自分に落ち度あり罰を受けるに違いないと恐れながら、御前の諸将の居並ぶ中、破れ鎧で平伏しました。
すると北条時頼は「あの雪の夜の旅僧は、実はこの自分である。言葉に偽りなく、馳せ参じてきたことをうれしく思う」と語りかけ、失った領地を返した上、あの晩の鉢の木にちなむ三箇所の領地(加賀国梅田庄、越中国桜井庄、上野国松井田庄の領土)を新たに恩賞として与えました。佐野源左衛門常世は感謝して引きさがり、はればれと佐野荘へと帰っていきました。

以上です。

「自分の利を捨て人を助ける憐みの真心」「主君(仕事)に尽くす心」「人と人が信じ合う無垢の心」という日本人の良さがこの話には詰まっているのです。
「心」が無くて何の「藝」ですか!何の「藝術」ですか!
素晴らしい心とそれを表現する素晴らしい技術が、妙合して初めて「藝術」なのです。

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プロフィール

bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修