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記事一覧

支那事変勃発直後の中国大亜細亜協会の緊急親日宣言

     齋燮元           高凌霨 1937年7月の支那事変勃発当時、中国各地方分離独立の一環として河北政権樹立を目指す勢力としては日本軍部の完全傀儡である冀東防共自治委員会と、齋燮元、高凌霨等中国大亜細亜協会の成員が多くいる冀察政務委員会があったが、前者の冀東防共自治委員会は「通州事件による日本人大虐殺」を起こし崩壊した。  一方で、中国大亜細亜協会は支那事変勃発の緊迫した状況に対応する...

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大川周明の大満洲国構想

大川周明 『満州新国家の建設』 (『文芸春秋』第10年3月号、昭和7年3月)   満州新国家の建設  現奉天市長趙欣伯市長は、昨年(昭和6年)十二月、中旬奉天において、下記のごとく演説を日支両国語で放送した。  『世界文明国の国民ため諸君、もしここに一人の男が居り、毎日昼間は睡眠し、午後3時か4時ごろになって初めて目の覚め、目覚めた後はモルヒネの注射をなし、その注射によってはじめて元気に...

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大亜細亜主義者である満洲国皇帝溥儀とツラン運動(ウラル・アルタイ語族の連帯)

「満州国執政謁見記  ——執政は大亜細亜運動の捷利を確信せらる——」『大亜細亜主義 2 6月号』ハンガリー・マヂアルザグ主筆 ジエ・コブリヒ博士著(大亜細亜協会)昭和8年6月p108 (1)  かつて長春と呼ばれ、今日新京即ち「新しい都」と言われる満洲国の首都は、今日猶一つの長い街からなる村にすぎぬが、其處に猶迅速に大都市に発展要素が認められる。‥‥。満洲国溥儀執政は二十八年前北平の有名な王宮の禁苑...

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満川亀太郎著『黒人問題』を読む  (二酉名著刊行会)大正14年・1925年

満川亀太郎著『黒人問題』を読む(二酉名著刊行会)大正14年・1925年  満川亀太郎は、北一輝、大川周明と共に猶存社の「三尊」と言われ、戦前の愛国主義者、青年軍人に大きな影響力をもった思想家、評論家であった。 彼も北や大川と同じく、日本の体制を刷新し団結し強化させることが必要と考えたが、日本だけではない世界維新を日本人の持つ人柄の良さによって成し遂げようということを、二人以上に意識していたことが本著作か...

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プロフィール

bokudoart

Author:bokudoart
 幼少より絵を描く事、中国や北方・中央アジアの歴史が大好きであった。大学を卒業し会社勤めのあと中国の美大で水墨人物画を専攻し美術史専攻の大学院にも進み中国の古文献読破に数年間没頭した。以来、約二十年画家・美術団体代表として活動中。中国での生活で、今後の世界における日本の果たすべき歴史的役割を明確に知った。
 1万年以上途切れることなく続いた縄文文化に根差した日本という国の文化の素晴らしさを日本人は自覚し世界にそれを広めなければならない。青学大卒、南京芸大院修